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伊藤計劃を読むためのn冊 その3 八杉将司『光を忘れた星で』

 

トークイベント「なぜ大学生はSFに惹かれるのか? 〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜」支援企画として、「伊藤計劃を読むためのn冊」(『Genkai vol.3』収録)再掲していきます。

★ 八杉将司『光を忘れた星で』講談社BOX

光を忘れた星で (講談社BOX)

光を忘れた星で (講談社BOX)

その惑星に住む人間たちは、視覚を持たない。なぜそうなったのかは、作中ではっきりと明かされることはない。ただ、可能性として語られるのは視覚を通じて取り入れられる「膨大な情報」を人間が処理できなくなった可能性だ。そう、お気づきの方もいるかもしれないが、これは伊藤計劃『ハーモニー』のエンディングで描かれる事態と、ちょうど正反対だ。『ハーモニー』では、人間が自身を情報化し、それまで意識がおこなっていた情報処理を体外に構築したテクノロジーやネットワークが代替した結果、意識が消滅した。『ハーモニー』のエンディングは両義的だ。かつてあったものへのノスタルジーとして、意識が語られる一方で、生存戦略を純粋に突き詰めた結果、不要なものとなった意識が描かれる。


他方で『光を忘れた星で』では、膨大な情報によって自我が危うくなり、情報が流れ込むのを強制的にシャットダウンするために、生存戦略として視覚を消滅させた。語り手マユリは、生まれ育った村を洪水で失い、身を寄せたティリア修学堂で、「無我の目」を獲得するための訓練を受ける。この星の人間たちは、音や空気といった視覚以外の感覚で周囲の空間を把握する(認識する、とまではいえないが)。生まれてからこのかたやってきたこの空間把握とは全く異なるやり方をするようにマユリは試される。それは、聴覚(音)に頼らずに空間を感じるという、一見すると無理難題のようなものだ。ところが、ただ立ちすくむマユリを横に、クラスメイトは一人また一人と、何も見えないにも関らず、空間を把握することに成功する。興味深いのは、空間把握が生じた瞬間に、彼らは一様に無意識状態=「無我の目」になることだ。マユリがなかなか無我の目を手に入れられないのは、自我が強すぎるからだといわれる。


視覚は機能していないのに、空間を把握することなど可能なのだろうか? 作中でも触れられているが「盲視」という現象が、この現実世界でも報告されている。目が見えてない人が、あたかも目が見えているかのように、目の前のものをよけて動くことがある。これは、普通、人が持っているとされる視覚の経路に問題があったとしても、それとは異なる経路を伝わってきた外部の情報が、脳で無意識的に処理された結果だと考えられている。だから『光を忘れた星で』では、この視覚ならざる視覚=盲視を使うために、一時的ではあれ自我の消失を体験しなければならない。


本書の後半では、視覚はないが意識はあるものたちと、視覚を得たが意識を失ったものたちとのあいだの戦いが繰り広げられる。これは、単なる戦争ではない。種と種の生存をかけた戦いで、負けたほうは種としての絶滅が危惧される。ジェノサイド(虐殺)といってもいい戦い。伊藤計劃虐殺器官』『ハーモニー』への応答として本書は位置づけることができる。


さらに、本書は「伊藤計劃のためのn冊」であると同時に、「伊藤計劃のあとのn冊」だともいえる。それは、人類同士のジェノサイドのあとすら見すえているからだ。伊藤計劃は『虐殺器官』のあとに『ハーモニー』を書いた。『ハーモニー』で描かれる意識の喪失と引き換えに調和を得たポストヒューマンたちのその後は、しかし描かれることはなかった。伊藤計劃が亡くなった、というのが直接の理由だろうが、しかしたとえ生きていたとしても、伊藤計劃にはポストヒューマンたちの「その後」を描くつもりはあったのだろうか? 八杉将司はたとえば『Delivery』でポストヒューマンたちの「家族」や「再生産」を試みた。『光を忘れた星で』では、ヒューマンの生存闘争と同時に、勝ち残ったものが引き継いでいくべき責任まではっきりと明示している。確かに、ポストヒューマンSFは、ヒューマンからポストヒューマンになる瞬間、特異点そのものを描くこと/読むこと/想像することが、一番の肝となるかもしれない。ヒューマンである私たち読者には原理的にポストヒューマンは理解できない、という問題もある。しかし、これほどまでにポストヒューマンへの関心が高まっているのであれば、ポストヒューマンたちの日常が主題となってもよいはずだということを本作は提示している。(海老原豊



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なぜ大学生はSFに惹かれるのか?
〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜

会場:阿佐ヶ谷ロフトA
日程:2月9日
時間:OPEN 12:00 / START 13:00
チケット:前売¥1,500 / 当日¥1,800(共に飲食代別)

※前売券はe+とロフトAウェブ予約にて1/11(土)12:00より発売!!

阿佐ヶ谷ロフトA公式サイト


【登壇者】
司会
●飯田一史(限界研・文芸評論家)
出演者
山田正紀(SF作家クラブ・SF作家)
藤田直哉(限界研・SF作家クラブ・SF評論家)
●佐貫裕剛(2012年大学読書人大賞伊藤計劃『ハーモニー』
推薦者)
●大塚雄介(2013年大学読書人大賞伊藤計劃×円城塔屍者の帝国』推薦者)

今、SFが活況を呈している。
今回の企画主催の限界研が2013年7月に出版したSF評論集『ポストヒューマニティーズ』も、SFの活況を前提に書かれている。 そしてその盛り上がりの一つの例として、「大学生の本好き」を象徴する大学読書人大賞でもSF作品が受賞していることがあげられるだろう。これを見ると、SFが盛り上がっているというのは、若い世代にも訴求していると言える。
それはなぜだろうか?
限界研の飯田一史を司会進行に、ゲストに先行世代のSF作家・山田正紀、SF評論家の藤田直哉、そして実際に若い世代である過去の大学読書人大賞でSF作品を推薦していた現役学生を招き、SFの盛り上がりを分析する!!!

主催:限界研
協力:SF作家クラブ、大学読書人大賞
(以上、公式ウェブサイトより)