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伊藤計劃を読むためのn冊 その2 神林長平「いま集合的無意識を、」

トークイベント「なぜ大学生はSFに惹かれるのか? 〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜」支援企画として、「伊藤計劃を読むためのn冊」(『Genkai vol.3』収録)再掲していきます。


神林長平「いま集合的無意識を、」(『いま集合的無意識を、』ハヤカワ文庫JA)

いま集合的無意識を、 (ハヤカワ文庫JA)

いま集合的無意識を、 (ハヤカワ文庫JA)

 三十年以上、第一線でSFを書き続けてきた語り手は、ある日、ディスプレイの向こうから「伊藤計劃」と名のるものからの呼びかけを受け取る。ディスプレイの「向こう」といってよいのかためらうが、ともかくディスプレイ上には「ぼくは伊藤計劃だ」という文字列が表示され、驚きとまどいながらも語り手は夭折してしまったこの作家との対話を始める。語り手と「伊藤計劃」(自称)が対話するトピックは、SF的想像力。とくに、語り手に「伊藤計劃」まで持ち出してそう語らせているのは「311地震」だ。語り手は「伊藤計劃」に向かっていう。「今回の311地震について作家は語る責任と義務がある、とくにSF作家は――そういう執筆依頼があったが(…)きみはどう思う?」

 語り手は、結局、執筆依頼を断るのだが(後に『3・11の未来』(作品社)となる本だ)、「伊藤計劃」とSF的想像力について、彼の『虐殺器官』や『ハーモニー』をテクストに議論を続ける。語り手は、「意識の消滅」は「わたしの消滅」であり、「わたしの消滅」は、人間がリアルなものに対峙するための武器=想像力・フィクションを生み出す力の消滅へと繋がるのだという。これは「311地震」への、ベテランSF作家からの応答だ。リアルに直面するため想像力の源泉たらんとする。語り手が示す矜持である。他方で、語り手は「伊藤計劃」と彼が描いた未来を否定しているわけでもない。時代が、社会が、私たちが「伊藤計劃」的なものへと変容しつつあることは確かなものだと、理解している。「伊藤計劃」的な世界へ私たちを導くもの。語り手によればそれは、テクノロジー、とりわけコミュニケーションのためのテクノロジーだ。意識が発生する場と語り手が位置づける〈意識野〉が、テクノロジーによって人間の体外に設置される。それが私たちの生きる現代社会である、と語り手はいう。

種としての人間が生存するために「意識」というソフトウェアを獲得したのであれば、もし生存戦略に「意識」よりも合致した何かを人間が獲得できるとすれば、当然、人間はそちらを選ぶ。選ばなかったもの以外が淘汰され、結果として種として「選んだ」ように見える。『ハーモニー』が描いた意識の消滅とは、すなわちそのような事態だ。「いま集合的無意識を、」の語り手が的確に述べたとおり、人間がテクノロジーによって意識というソフトウェアによらない個体制御装置を手にしたのが『ハーモニー』のエンディングなのだ。

デビュー以来、神林が一貫して意識や言葉について思弁を巡らせてきたのは、否定しようがない事実。伊藤計劃というグレート・ヒットは、SFプロパーではない伊藤計劃のみのファンを大量に生み出したが、そんな非歴史的な彼らが、参照点として唯一手に取るのが神林長平の作品だという。神林の世界は伊藤計劃以前の風景を間違いなく描いている。では、以後は?

『ポストヒューマニティーズ』の岡和田晃論文を「「伊藤計劃以後」と「継承」の問題」をふまえ、いま一度聞いてみたい。ほんとうに神林長平伊藤計劃が「こわい」のか、と。岡和田による神林批判の要点は、次の三点だ。(1)世代の継承、(2)物語の暴力性、そして(3)ネット(アーキテクチャ)への批判的意識。これらが神林作品には欠けているがゆえに、「こわい」のだという。しかし、本当にそうなのだろうか? 三点すべてを検証することはできないので、ここでは(2)について確認してみたい。

 「いま集合的無意識を、」の末尾、語り手はこう警告している。「暴走する知性は意識=フィクションで制御できるだろう。(…)だが暴走する意識=フィクションをコントロールする術を人類は、おそらく、持っていない」 この箇所からわかることは、意識の代わりに機能するものの可能性と危険性を語り手は自覚していることだ。意識という土台の上にのっていた知性は、意識によって相対化しうるが、意識そのものが情報環境にしみだしつつある今、それを対象化することは、難しい。ここには至極あたりまえでまっとうなアーキテクチャ批判がある。海老原豊





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なぜ大学生はSFに惹かれるのか?
〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜

会場:阿佐ヶ谷ロフトA
日程:2月9日
時間:OPEN 12:00 / START 13:00
チケット:前売¥1,500 / 当日¥1,800(共に飲食代別)

※前売券はe+とロフトAウェブ予約にて1/11(土)12:00より発売!!

阿佐ヶ谷ロフトA公式サイト


【登壇者】
司会
●飯田一史(限界研・文芸評論家)
出演者
山田正紀(SF作家クラブ・SF作家)
藤田直哉(限界研・SF作家クラブ・SF評論家)
●佐貫裕剛(2012年大学読書人大賞伊藤計劃『ハーモニー』
推薦者)
●大塚雄介(2013年大学読書人大賞伊藤計劃×円城塔屍者の帝国』推薦者)

今、SFが活況を呈している。
今回の企画主催の限界研が2013年7月に出版したSF評論集『ポストヒューマニティーズ』も、SFの活況を前提に書かれている。 そしてその盛り上がりの一つの例として、「大学生の本好き」を象徴する大学読書人大賞でもSF作品が受賞していることがあげられるだろう。これを見ると、SFが盛り上がっているというのは、若い世代にも訴求していると言える。
それはなぜだろうか?
限界研の飯田一史を司会進行に、ゲストに先行世代のSF作家・山田正紀、SF評論家の藤田直哉、そして実際に若い世代である過去の大学読書人大賞でSF作品を推薦していた現役学生を招き、SFの盛り上がりを分析する!!!

主催:限界研
協力:SF作家クラブ、大学読書人大賞
(以上、公式ウェブサイトより)