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伊藤計劃を読むためのn冊 その5 コリイ・ドクトロウ『リトル・ブラザー』

トークイベント「なぜ大学生はSFに惹かれるのか? 〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜」支援企画として、「伊藤計劃を読むためのn冊」(『Genkai vol.3』収録)再掲していきます。

コリイ・ドクトロウ『リトル・ブラザー』

リトル・ブラザー

リトル・ブラザー


権力には二つの側面がある。「支配」と「保障」だ。「支配」のイメージはたやすい。権力という強い力で押さえつけて対象を「支配」する。これが一般的なイメージだろう。だが、強い力はただ「支配」するだけではなく、対象を守ることもできる。これが「保障」の側面だ。

 『ハーモニー』の中で次のような対話がなされている。

「国家的に癌撲滅や禁煙を大々的にはじめたのがナチスドイツだって知ってるか。」(……)「ユダヤ人を虐殺した連中ですよね」「『連中』じゃない国家だよ。市民と投票と代議制からなる民主的制度の産物だ。そうやって生まれたナチスほど、人間の生活というものを細部まで分類して管理しようとした体制は、それまでなかったんだな。癌患者登録所というのを作って、癌に罹患した人間を把握し、分類し、検査して、ナチスは人類史上初めて癌を組織的に撲滅しようとしたんだ」(……)「それを聞いていると、ナチスは色々といいことを、しようとしたんだなあ、って聞こえますが」

 ナチスは人類虐殺を行った。だが、ある面では、癌撲滅や禁煙などの健康を保つ為の政策を行っていた「いいことをしようとした」国家なのだ。つまり、実はナチスドイツはユダヤ人虐殺の「支配」の裏に、健康を志向する「保障」の面も併せ持っていたといえるだろう。

 ここで紹介する『リトル・ブラザー』の作中では国土安全保障省(DHS)がテロに抵抗するために権力を行使し、市民を監視や検閲する。これはもちろん、テロから人々を守る「保障」にあたる。しかし、同時に監視や検閲は人々を縛り付け「支配」していることにもなっている。

 主人公である高校生のマーカスは友人と遊んでいると、突如爆破テロが起きる。そこでテロの容疑者として、DHSに拘束される。(もちろん、冤罪である。)彼はそこで受けた尋問に対して抵抗していたが、やがて拷問を受けていく。なんとか釈放してもらうが、DHSはマーカスを監視し続けることを宣告し、多くの書類を書かせる。また一緒に捕まった友人の一人は帰ってこない。マーカスはDHSを出し抜き、友人を取り戻すために、作戦を立て、奮闘していく。

 本作にも登場するDHSはもちろん、監視カメラによるセキュリティの強化がなされて、人に安全という「保障」を与えるためのものが私たちの身の回りで増えてきている。しかし、それらが与えるのは「保障」だけではなく、「支配」つまり個人の自由の剥奪でもある。マーカスは事件を機に監視や管理に対する安全性の裏側にある「支配」に気づいていく。だからこそ、本書で彼が執拗に自由を求める記述がなされている。

 伊藤計劃の『ハーモニー』では身体の中にWatchMeを入れて人々の健康を管理する世界が描かれている。健康を管理することは「保障」である。だからこそ、『ハーモニー』の世界では人々が当たり前のようにWatchMeを受け入れており、新しい統治機構である「生府」が誕生している。その「保障」を手に入れるために。しかし管理の裏側にある「支配」の構図にミァハやトァンは気づいていた。ミァハが「わたしはわたし自身の人生を生きたいの。互いに思いやり慈しむ空気に絞め殺されるのを待つんじゃなくてね」と言い、トァンがWatchMeが管理するはずの体内情報を偽ることのできるDummyMeを入れているのは「支配」に対する懐疑の念から来ているものだろう。そしてその姿勢は、さながらDHSの「支配」の側面に気づいたマーカスと合致する。『ハーモニー』の問題意識は『リトル・ブラザー』で描かれているものの延長線上にあると言える。

 ところで、『リトル・ブラザー』では私たちの身の回りにあるありふれたものばかりが出てくる。(機械的なものもPC、携帯電話をはじめ、特筆すべきものはXboxぐらいで特徴的なSF的ガジェットとはいいがたい。)本作は、確かにフィクションだが、私たちの世界をそのまま投影したものであり、「いま・ここ」のことが描かれている。つまり、『リトル・ブラザー』の延長線上にある未来が描かれた伊藤計劃作品は強いリアリティを持った世界の臨界点の姿があると言えるのだ。(藤井義允)

↓↓トークイベント詳細↓↓

なぜ大学生はSFに惹かれるのか?
〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜

会場:阿佐ヶ谷ロフトA
日程:2月9日
時間:OPEN 12:00 / START 13:00
チケット:前売¥1,500 / 当日¥1,800(共に飲食代別)

※前売券はe+とロフトAウェブ予約にて1/11(土)12:00より発売!!

阿佐ヶ谷ロフトA公式サイト


【登壇者】
司会
●飯田一史(限界研・文芸評論家)
出演者
山田正紀(SF作家クラブ・SF作家)
藤田直哉(限界研・SF作家クラブ・SF評論家)
●佐貫裕剛(2012年大学読書人大賞伊藤計劃『ハーモニー』
推薦者)
●大塚雄介(2013年大学読書人大賞伊藤計劃×円城塔屍者の帝国』推薦者)

今、SFが活況を呈している。

今回の企画主催の限界研が2013年7月に出版したSF評論集『ポストヒューマニティーズ』も、SFの活況を前提に書かれている。 そしてその盛り上がりの一つの例として、「大学生の本好き」を象徴する大学読書人大賞でもSF作品が受賞していることがあげられるだろう。これを見ると、SFが盛り上がっているというのは、若い世代にも訴求していると言える。それはなぜだろうか?

限界研の飯田一史を司会進行に、ゲストに先行世代のSF作家・山田正紀、SF評論家の藤田直哉、そして実際に若い世代である過去の大学読書人大賞でSF作品を推薦していた現役学生を招き、SFの盛り上がりを分析する!!!

主催:限界研
協力:SF作家クラブ、大学読書人大賞

(以上、公式ウェブサイトより)