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伊藤計劃を読むためのn冊 その6 ベンジャミン・リベット『マインド・タイム 脳と意識の時間』

トークイベント「なぜ大学生はSFに惹かれるのか? 〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜」支援企画として、「伊藤計劃を読むためのn冊」(『Genkai vol.3』収録)再掲していきます。


★ ベンジャミン・リベット『マインド・タイム 脳と意識の時間』

マインド・タイム 脳と意識の時間

マインド・タイム 脳と意識の時間

伊藤計劃が幅広い人気を獲得した主な要因が、SFのF Fictionとしての充実度によることは言うまでもないが、その一方でS Scienceの視点から見たリアリティもまた彼の作品の魅力を形作る大きな要素の一つであった事は間違いないだろう。たとえば「伊藤計劃記録」にも一部が収められているブログ上の記述でもしばしば言及されているように、伊藤は同時代の科学書、とりわけ脳科学や意識、心に関する最新のそれを好んで読み、自己の作品の世界観を形作る手助けとしてきたことがよく知られている。


中でも、マイケル・S・ガザニガの脳倫理学(邦訳に「脳のなかの倫理―脳倫理学序説」)、ダニエル・デネットの意識の哲学(主な邦訳に「解明される意識」、「自由は進化する」など)と並び伊藤にとって特に重要であったと考えられるのが、今回紹介する脳科学ベンジャミン・リベットの「マインド・タイム 脳と意識の時間」である。


本書の中で最も有名な議論は、「第4章 行為を促す意図」で展開される無意識にはじまる脳の活動とそれを意識するタイミングのずれに関する実験である。被験者は、時計盤に視点を合わせた状態で座らされ、好きなタイミングで手首を曲げるよう指示される。被験者は、「今、動こう」と意識した時間を時計針の位置と結びつけて記憶するよう指示されるが、一方で脳活動の始動を示す準備電位(RP)がいつ記録されたかがあわせて測定される。この実験の結果は、驚くべきものであった。通常想像されるのとは全く逆に、脳活動の始動(RP)は常にそれを自覚、意識するタイミング(「今、動こう」と被験者が決定した瞬間)よりも早かったのである。

この実験結果は、我々が自らの意思で決定したと信じていた事柄が、実際にはそれ以前に脳の無意識的過程においてすでに決定されていた可能性を示唆する。古くからSFでよく用いられるモチーフでもある「はたして自由意思は本当に存在するのか?」という問いが純粋な思弁的問いではなく、具体的な実験結果と結びついた問いとして再認識されることとなったのである。


本書の後半部分では、この実験上の結果がわれわれの自分自身の見方、「魂とは何か?」といった哲学上の問いにどういったインパクトを与え得るかについて、デカルトとの仮想対談といった大胆な形式も含めた、いくつかの仮説が展開される。それらの仮説が実際に正しいものであったかは、その後の検証作業を待つほかない。しかし、すでに研究が出尽くした分野ではなく、本格的な研究がはじまったばかりの分野であるがゆえに、そこにはさまざまな想像力を働かせる余地が生まれてくるともいえる。本書を紐解いてから伊藤の小説を読めば、それが本書の議論を受けたあるひとつのアクロバティックな仮説のように見えてくるのではないだろうか。私見では、伊藤の世界観は、こういった現実に進行中の研究と問題意識を共有していたからこそ、単なる妄想としてではなくある種のリアリティを持ったものとして多くの読者に受け入れられたように思われる。
なお、リベットの議論への導入と関連領域のまとめとしては、本書の訳者でもある下條信輔の「サブリミナル・マインド」、「サブリミナル・インパクト」を併読する事を薦めたい。(冨塚亮平)



↓↓トークイベント詳細↓↓

なぜ大学生はSFに惹かれるのか?
〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜

会場:阿佐ヶ谷ロフトA
日程:2月9日
時間:OPEN 12:00 / START 13:00
チケット:前売¥1,500 / 当日¥1,800(共に飲食代別)

※前売券はe+とロフトAウェブ予約にて1/11(土)12:00より発売!!

阿佐ヶ谷ロフトA公式サイト


【登壇者】
司会
●飯田一史(限界研・文芸評論家)
出演者
山田正紀(SF作家クラブ・SF作家)
藤田直哉(限界研・SF作家クラブ・SF評論家)
●佐貫裕剛(2012年大学読書人大賞伊藤計劃『ハーモニー』
推薦者)
●大塚雄介(2013年大学読書人大賞伊藤計劃×円城塔屍者の帝国』推薦者)

今、SFが活況を呈している。

今回の企画主催の限界研が2013年7月に出版したSF評論集『ポストヒューマニティーズ』も、SFの活況を前提に書かれている。 そしてその盛り上がりの一つの例として、「大学生の本好き」を象徴する大学読書人大賞でもSF作品が受賞していることがあげられるだろう。これを見ると、SFが盛り上がっているというのは、若い世代にも訴求していると言える。それはなぜだろうか?

限界研の飯田一史を司会進行に、ゲストに先行世代のSF作家・山田正紀、SF評論家の藤田直哉、そして実際に若い世代である過去の大学読書人大賞でSF作品を推薦していた現役学生を招き、SFの盛り上がりを分析する!!!

主催:限界研
協力:SF作家クラブ、大学読書人大賞

(以上、公式ウェブサイトより)