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伊藤計劃を読むためのn冊 その1 イーライ・パリサー『閉じこもるインターネット』(早川書房)

トークイベント「なぜ大学生はSFに惹かれるのか? 〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜」支援企画として、「伊藤計劃を読むためのn冊」(『Genkai vol.3』収録)再掲していきます。


★イーライ・パリサー『閉じこもるインターネット』(早川書房

閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義

閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義

伊藤計劃が『ハーモニー』で描いた未来社会は、すでに私たちの社会である。全部、とまではいわないが、ある程度、それもかなりの程度で現実のこの世界に実装されている。さすがにナノテクノロジーによる投薬で健康をつねに維持することはできないが、私たちが社会に残す情報の履歴から、私たちの思考や行動、好みや性格を予測し、かゆいところに手が届くかのように、「適切な」モノやサービスを提供する。それが今の情報化社会の姿だ。具体的には「アマゾンのオススメリスト」を連想すればよい。

だが、事態はもっと進んでいる。イーライ・パリサー『閉じこもるインターネット』は科学ノンフィクション。私たちの社会ではもはやインフラの一部となっている検索エンジンやSNSといったサービスが、私たちの周囲をとりまいている。パリサーはそれを「フィルタリング・バブル」と呼んでいる。私たちは自らの興味関心に基づいて検索エンジンにキーワードを入れ、SNSに写真やメッセージ、いいね!ボタンなどの履歴を残す。吸い上げられたデータは、私たちの個人IDと関連付けられ、同じユーザーが同種のサービスを使うときに、履歴を反映した結果を提示する。例えば、特定のアニメについて何度も検索したことのあるユーザーには、そのアニメや、アニメと親和性の高い情報が提示されやすい。驚くべきことに、検索エンジンでの履歴は、単に同じ検索エンジンに反映されるだけではなく、別のサービスにも反映される。アニメを調べていたユーザーが「2ちゃんねるまとめサイト」へ飛ぶと、表示される広告は、今まさに調べているそのアニメ関連商品であるように。

なぜそのようなことが起こるかというと、SNSの収益モデルが広告収入に寄っているからだ。SNSはユーザーの数が重要であり、そのために無料で使えるものがほとんどだ。ユーザーは、SNSを楽しむために自分のデータを自発的に提供する。SNS運営会社は、蓄積したデータを広告会社に売り、その広告会社はそのユーザーに適した広告=マッチング広告を行う。不特定多数に向けた広告よりも、商品に興味関心を抱いている特定の層に訴えかけるほうが広告の効率が良いと考えられるからだ。

このようにフィルタリング・バブルに包まれている私たちは、制度設計的に、自分たちの興味あるものを調べれば調べるほど、興味あるものがより強く提示されるようになっている。そして多くのユーザーが、そのような偏向(あるいは最適化)が行われていることを知らない。

パリサーが描き出す現代社会に生きる人間たちは、かつてSFやらなにやらで夢見られた「未来人」とはほど遠い。膨大な情報を、理性的・合理的に処理できるスーパー近代人のようなものは、どこにもいない。人間は、テクノロジーを発達させたが、人間自身が生得的に備えている各種能力を発達させることはできない(できていない)。だから、この高度情報化時代では「注意力の崩壊」が起こる。今この瞬間も、私たち人間が、ストレスなく消化できる情報の量を明らかに超えた量の情報が流通している。あふれる情報はほぼ無限だが、人間のリソースは有限。人間の有限なリソースに最適化されたサービスが登場するのも、当然のことなのだ。人類が求める最高の検索エンジンとは、調べたいものが検索結果の一番上に表示されるものだ、とある検索エンジン開発者はいう。たしかに、そのような検索エンジンであれば、「注意力の崩壊」は回避できるだろう。ただし、同時に「偶然の出会い」というものは、その世界では永遠に排除される。知りたいものしか見えないのだから。そしてもっと巧妙なことに、「知りたい」という欲望すらSNSによって先取され、本人にはそうと知らずに提示されている可能性すらある。

読後の感想は、「グーグルって怖い…」だったが、なにより恐ろしいのは、このような恐るべきツールに依存しなければ、注意力の崩壊に対処できない社会にすでになっていると気づかされることだ。(海老原豊


↓↓トークイベント詳細↓↓

なぜ大学生はSFに惹かれるのか?
〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜

会場:阿佐ヶ谷ロフトA
日程:2月9日
時間:OPEN 12:00 / START 13:00
チケット:前売¥1,500 / 当日¥1,800(共に飲食代別)

※前売券はe+とロフトAウェブ予約にて1/11(土)12:00より発売!!

阿佐ヶ谷ロフトA公式サイト


【登壇者】
司会
●飯田一史(限界研・文芸評論家)
出演者
山田正紀(SF作家クラブ・SF作家)
藤田直哉(限界研・SF作家クラブ・SF評論家)
●佐貫裕剛(2012年大学読書人大賞伊藤計劃『ハーモニー』
推薦者)
●大塚雄介(2013年大学読書人大賞伊藤計劃×円城塔屍者の帝国』推薦者)

今、SFが活況を呈している。

今回の企画主催の限界研が2013年7月に出版したSF評論集『ポストヒューマニティーズ』も、SFの活況を前提に書かれている。 そしてその盛り上がりの一つの例として、「大学生の本好き」を象徴する大学読書人大賞でもSF作品が受賞していることがあげられるだろう。これを見ると、SFが盛り上がっているというのは、若い世代にも訴求していると言える。それはなぜだろうか?

限界研の飯田一史を司会進行に、ゲストに先行世代のSF作家・山田正紀、SF評論家の藤田直哉、そして実際に若い世代である過去の大学読書人大賞でSF作品を推薦していた現役学生を招き、SFの盛り上がりを分析する!!!

主催:限界研
協力:SF作家クラブ、大学読書人大賞

(以上、公式ウェブサイトより)