9回目。今回は海老原豊「カオスの縁を漂う言語SF――ポストヒューマン/ヒューマニティーズを記述する」を紹介する。
「言語SF」とはその名の通り、言語をモチーフにしたSFだ。では、一体どのような作品があるのかというと、例えば、神林長平『言壷』、川又千秋『幻詩狩り』、山本弘「メデューサの呪文」など。少し前の世代のSFでも用いられた素材であった。
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まだ見ぬ冬の悲しみも (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)
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上記の作品群に共通して見られるのは「サピア=ウォーフ仮説」の考え方だ。サピア=ウォーフ仮説とは、「言語はその話者の思考に強い影響を与える」というものである。例えば、テッド・チャン「あなたの人生の物語」には異星人の言語を習得した人間の言語学者は、人間の時間認識を超えて、すべての時間をまるで重ね合わせたかのような世界認識に到達する過程が描かれている。これが、サピア=ウォーフ仮説による言語SFだ。
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そして、この根本には言語=世界という発想があると海老原は言う。言葉によって世界が成り立つ。故に、言葉を変えれば世界を変えることができるということだ。
しかし、海老原論文では、この構図を刷新する。
言語=世界とする、サピア=ウォーフ仮説的言語SFを「一元論モデル」とし、対して「二層構造モデル」を提示する。
従来の「一元論モデル」では、心=言語と身体を分割して考えてきたが、海老原が提唱する「二層構造モデル」は、言語を身体的根拠をもつ深層構造と、個別・具体的な社会における実践である表層構造の二層にわけて考えている。
「二層構造モデル」は、例えば伊藤計劃『虐殺器官』で見られる。本作では言語学者ノーム・チョムスキーの想定した人間の生得的に持っている「言語習得器官」を参照して、「虐殺の文法」が人間には潜在的に持っていることを描いている。人間はこの「虐殺の文法」がもともと備わっているので、このスイッチをオンにすると虐殺を始めてしまう。
つまり、『虐殺器官』では表層的に現れる言葉や行動を超えて、「虐殺の文法」という遺伝的な「深層構造」が機能している「二層構造」があると海老原は述べる。
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そして、海老原論文では他に、飛浩隆『ラギッド・ガール』、伊藤計劃『ハーモニー』、長谷敏司『あなたのための物語』、伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』といった現代SF作品に「二層構造モデル」の思想を見いだしていく。
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「一元論モデル」から「二層構造モデル」へ。
深層構造と、表層構造とは一体どのようなもので、現代SFは一体それを使って何を描いているのか。
「言葉」は現代SF作家たちが描いている大きなテーマだが、海老原はそれを明確に論じている。
海老原論文では私たちにあたらしい言語像、あたらしいSF像を見せてくれる。
その内容は『ポストヒューマニティーズ』で。
BookNews連動企画「SF・評論入門」もあわせてご覧ください。5回目は飯田一史による、『ポスヒュー』誕生秘話です。
5回目「なぜ宇宙でも未来でも異世界でも超能力でもなくポストヒューマンなのか?『ポストヒューマニティーズ 伊藤計劃以後のSF』について 飯田一史」
4回目「SF・評論入門4 あなたはロボに配慮しますか? 〜ロボット倫理学と瀬名秀明〜 シノハラユウキ」
3回目「SF・評論入門3:「伊藤計劃以後」とハイ・ファンタジーの危機――未来は『十三番目の王子』の先にある!岡和田晃」