限界研blog

限界研の活動や記事を掲載します。

「ぼくたちのかんがえた伊藤計劃以後」2013年9月1日@青山ブックセンター (2/3)

9月1日に、渋谷の青山ブックセンターで、限界研の新刊『ポストヒューマニティーズ』刊行記念トークイベントが開催された。全3回のイベントレポートを掲載する。(文責、海老原豊


(承前)


登壇者および会場があったまってきたところで、本題。「伊藤計劃以後」って何だ?


シノハラユウキが、藤井義允と議論しながら煮詰めた伊藤計劃の特徴3つが順に述べられる。


1 いろんなネタのリミックス


時事ネタをうまく放り込む。『虐殺器官』であれば、『メタルギア』や『ダーウィンの悪夢』が屋台骨を形成し、同時に『涼宮ハルヒ』のOP歌詞やらなんやら、とにかく「フック(読者にひっかかるポイント)」がたくさんある。だから、自分の知っている話題がなにかしら入っていて、読むと人に話したくなる。


2 社会問題

ゼロ年代に流行したセカイ系的な枠組みを使いつつも、「僕と君」のセカイよりももっと大きな社会的な問題も扱っている。伊藤計劃であれば「米軍兵士」、伊藤計劃以後のひとりとされる宮内悠介であれば「紛争」といった、セカイ系ではなかった視座が持ち込まれている。


といっても、政治問題が核となっているのかどうかについては、シノハラは若干、保留気味。果たして、伊藤計劃はそこまで政治に興味があったのだろうか? 伊藤計劃の根っこにはセカイ系の精神があったのではないか? と疑問が投げられた。


飯田は、世代論的に時系列で切ってみせる。団塊ジュニア世代である伊藤計劃は、セカイ系の作家たちと共通の文化体験をしているのだ(80年代に冒険小説を読む、など)。


大森氏は、伊藤計劃の「成熟しない主人公」がセカイ系っぽいことを指摘。SFの終末観を、「クラーク(小松)」的なものと、「バラード」的なものに大きく分けてみせた。前者はテクノロジー人間性に希望を抱き、例えば野尻抱介、例えば小川一水が含まれる。後者は世界とはいずれ滅びるものである、というある種の諦念が共有される。伊藤計劃は間違いなく後者。


3 脳・神経科


シノハラ・藤井があげた3点目は、脳・神経科学への目配せ。グレッグ・イーガンは肉体を捨て、コンピューターの中での生活を描くが、伊藤計劃は肉体を捨てない。『ハーモニー』で描かれたのは、肉体を捨てる意識ではなく、むしろデッドメディア化する人間の意識だった。肉体は残したままいかに脳をいじるのかが、伊藤の関心ごとだったのではないか。


シノハラがあけたのは、創元SF短編賞(優秀賞)を受賞したオキシタケヒコの「エコーのなかでもう一度」


ここで、飯田から、「伊藤計劃以前」はどこまでさかのぼれるのかと問題提起がなされる。というのも、通常のSFファンと伊藤計劃ファンは、SF作品に対してだいぶ異なる視点をもっているから。よく引き合いに出される神林長平まではさかのぼるとしても、それ以前の作家はとくにこれといって読んでいる様子はない。どうして、伊藤計劃ファンにとって神林長平がひとつの参照点となるのだろうか。


大森氏は、伊藤計劃その人が神林長平のファンだったことを指摘。また、神林はある種の動物的センスで「伊藤計劃以後」の空気を敏感に感じ取り、「いま集合的無意識を、」を書いたのだともいえる。伊藤計劃ファンにとっては、あくまで神林までで、それより「以前」にはたとえどんな大御所であれ作家の姿は眼中にない。


「SFとしてさかのぼるわけではない、作品単体だけを楽しむ」(藤井)


「人気があるっていうのは、そういうことじゃないの? ミステリの新本格ブームも似たようなものだった。基本、元ネタはあんまり読まない」(大森)


シノハラは、日本SFの伝統的モチーフである「神との戦い」に伊藤計劃は興味を示していないという。『虐殺器官』にでてくる「痛覚マスキング」は、例えば「盲視」といった現実にある現象を類似的だし、宮内悠介『盤上の夜』ともつながってくる。少し前であれば、サイバースペースやヴァーチュアル・リアリティは、それこそリアリティをもって信じられたが、ここまで情報化が進んだ社会においては、サイバー/ヴァーチュアル空間のリアリティは、そこまでリアルではない。異世界を構築するより、現実を拡張したほうが無難だし、この延長上に脳や神経に直接働きかける、という発想があるのではないかとシノハラはいう。


次が最終回。


(2/3)



限界研、最新イベント

限界研【編】『ポストヒューマニティーズ 伊藤計劃以後のSF』刊行記念
未来を産出(デリヴァリ)するために
〜新しい人間、新しいSF〜

場所:ジュンク堂書店 池袋本店
開催日時:2013年10月05日(土)19:30 〜

八杉 将司(日本SF作家クラブ会員)
岡和田 晃(批評家・日本SF作家クラブ会員)
海老原 豊(日本SF作家クラブ会員)

★入場料はドリンク付きで1000円です。当日、会場の4F喫茶受付でお支払いくださいませ。
トークは特には整理券、ご予約のお控え等をお渡ししておりません。
※ご予約をキャンセルされる場合、ご連絡をお願い致します。(電話:03-5956-6111) 

■イベントに関するお問い合わせ、ご予約は下記へお願いいたします。
ジュンク堂書店池袋本店
TEL 03-5956-6111
東京都豊島区南池袋2-15-5

(以上、ジュンク堂ウェブサイトより)