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野尻抱介『南極点のピアピア動画』クロスレビュー【評者:蔓葉信博】

野尻抱介『南極点のピアピア動画』


評者:蔓葉信博


 ニコニコ動画とどこか響きの似た「ピアピア動画」というタイトルや、表紙に初音ミクと思しきイラスト。こうしたものが、どこか不真面目でオタクっぽい雰囲気をまとっているように思える本書だが、実はSF界隈での評価はひじょうに高い。日本SFファンが選ぶ星雲賞では、同書に収められた2編が2012年の日本短編部門を受賞している。ただSF界隈の情報を知らない読者には、こうした受賞自体がSFというジャンル小説のイメージを強く本書に与えてしまうこともあるのではなかろうか。

 こともすれば、こうしたイメージは非ジャンル読者を遠ざけてしまう場合もある。またSFジャンルに何かしらの抵抗感を覚えずとも、その表紙やタイトルの印象から、いわゆるライトノベル的なイメージをもとに本書を倦厭している読者もいるかも知れない。だが本書は、SF小説やライトノベルを読まない読者も、十二分に楽しむことのできる一冊である。そもそもライトノベルというイメージは表紙がキャラクターイラストだから連想されるだけであって、本書はいわゆるライトノベル的なイメージとは違った作品であることは明言しておきたい。表紙がKEIのイラストは作中の展開から必然性のあることで、ライトノベルとしてイメージされるような漫画的な展開が続くわけではないので安心されたい。
 このレビューでは、その必然性に至る怒濤の展開については言及を避け、その展開に至るまでのあらすじをまずは紹介しておこう(ただ、そうはいっても、目次をみればある程度、その展開は予想できるとも思うが、そこでこのそれでも驚く展開に至ることはほぼ間違いない)。

 本書は、大学院生の蓮見青年が、修士論文のテーマにすえていた月探査計画が中止となり、またつき合っていた恋人にまで愛想を尽かされたらしいところからはじまる。月探査計画の中止をもたらした月面への彗星落下が、地球にジェット気流を起こすことが判明し、恋人とともに宇宙空間へと飛び出すアイデアを思いついたものの、実現させるための手だてはないもの、と思われていた。

 ところが、ここから話は急展開。技術開発の現場を追ったドキュメンタリードラマのごとく、宇宙空間へ旅立つための方法が見つかり、あれよあれよというまに蓮見は、南極大陸のとある基地に降り立つこととなるのであった。その方法のひとつが「ピアピア動画」にあるというのだから、驚きだ。

 この短編のあとも、とあるコンビニエンスストアで出会った若き男女の交流が宇宙旅行を超える壮大なプロジェクトへと至る「コンビニエンスなピアピア動画」、鯨の行動観察を行うプロジェクトが人類の歴史を塗り替える発見につながる「歌う潜水艦とピアピア動画」と続く。そして最後が「星間文明とピアピア動画」である。

 それらの結末については、ぜひ本書に当たっていただきたいが、ここで論じられているもののうち、あまり光の当たっていないポイントについて述べてみたい。本書はキャラクターでありソフトである初音ミクと、メディアでありながら擬似的な双方向製をニコニコ動画とを中心となった物語であり、それらに新しい知的な可能性を見いだし、作品化したものである。それらが物語に添えられた飾りなのではなく、牧歌的にではあれ知の枠組みがいかにわたしたちの生活を変えうるかの可能性が提示されているのだ。そして、それらのいくつかはそこまで手が届かないわけではない。

 そのひとつとして作中で描かれるのが「ピアピア技術部」なるものである。これはニコニコ動画の「ニコニコ技術部」を模したもので、そこには有益な道具の活用方法を紹介する動画から、笑い話の種にしかならない下らない動画までさまざまなものがアップされている。要はそれぞれのニコニコユーザーが、自らの技術力ないしは技術的な知識を活かした動画を発表する場である。抽象的にいえば、ユーザー生成コンテンツ(UGC)といわれ、youtubeでの素人の歌い手が注目されたり、勝手CMなる商品広告がアップされたりする場合にしばしば指摘されるものである。この発想をもとに想像力の翼をはためかせた場合を美しく描いたものが本書といえる。

 ただ、実際のところ、このユーザー生成コンテンツでうまくいくかといえば、そうもいかない。近年、この発想が注目されているのは、企業によって生み出される製品の限界がある一方で、インターネットを中心としたさまざまなITサービスが消費者の関心と行動を著しく押し上げたことによる。アメリカの広告専門誌「アドバタイジングエイジ」で2006年に選ばれたもっとも優秀な広告代理店は「消費者」だという話は、広告業界ではしばしば言及される話であった。ただ、そうした賢くなった消費者についての話を、最近はほとんど聞かなくなった。おそらくTwitterFacebookといったサービスが、日々、新しいものを生み出すことを目にしており、その限界も知られるようになったからであろう。

 そうしたユーザーたちが持っていた可能性と限界も『南極点のピアピア動画』では描かれている。読み終えたうちの幾人かは、描かれ得なかったその限界の先も知りたくなることであろう。しかし、それはおそらく読者たるわたしたちがあらためて考えるべき問題なのだと筆者は思うのである。むしろ、そうした考える楽しみを与えてくれる知的エンターテイメントの一冊として、本書は長く読まれるべき作品といえるであろう。

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

蔓葉信博(つるばのぶひろ)
1975年生まれ。ミステリ評論家。2003年商業誌デビュー。『ジャーロ』『ユリイカ』などに評論を寄稿。『ミステリマガジン』のライトノベル評担当(隔月)。書評サイト「BookJapan」にてビジネス書のレビュー連載。
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