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早川Jコレクション読破への道 7 小林泰三『海を見る人』

早川書房のJコレクション、全部で何冊あるんだっけ…。ともかく! ちびりちびりと紹介していきます。

海を見る人 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

海を見る人 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

著者自身もあとがきで述べているように、収録されている短編はどれも「ハードSF」に分類される。そしてこのハードSF、コアなSFファンにとっては極上のゴチソウであることが多いが、SFに不慣れなものにとっては、時にゲテモノ扱いされることがある。ただ食わず嫌いであることが大概なのだが。


天獄と地国」では天地が逆転した世界が描かれる。登場人物たちはとある特殊環境下で生活をしている。自分たちの環境を当たり前のものだと信じている彼らにとって天獄とは落ちた先であり、地国とはどこかにある楽園なのだ。「独裁者の掟」はブラックホールをエンジンに組み込んだ二隻の巨大宇宙船が登場する。このブラックホールはいつしか暴走し、それを食い止めるために独裁国家の指導者は決断をする。他の短編にも当てはまるが、世界の構造の科学的説明(大きな話)が登場人物たちのやり取り(小さな話)と重ね合わされていて、実は科学的知識の有無は物語の理解に必要ない。


ハードSFの定義は、巻末の小林の言葉を借りると「科学的整合性を重視するSF」となるが、科学の言葉に寄り添えば寄り添うほど、見える世界は多種多様の広がりをもつ。表題作「海を見る人」では場所によって時間の進み方が変わる世界での悲恋が主題となるが、科学を徹底したがゆえに恋人同士の世界は決定的にすれ違う。表紙を描いている鶴田謙二つながりで、どこか梶尾真治のリリシズムにあふれたSFを連想する読者もいるかもしれない。そうなのだ、ハードSFといっても、実に幅がひろい。


「母と子と渦を旋(めぐ)る冒険」は人間とはまったくことなる知性体を描写するが、「母と子」という人間的な語り口を採用することで、よりいっそう差異がが際立つ。どこかジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「愛はさだめ、さだめは死」を思い出させる。ハードSFに苦手意識を持っている人は、本書を手にして痛感してもらいたい。科学という言葉を貫くからこそ、私たちと全く異なりながらも想像しうる世界が描かれるということを。