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【日本SFサイシン部05】タイムパラドックスSFの極限、本についての本についての本――法条遥『リアクト』(ハヤカワ文庫JA) 

最新の日本SF(出版されて、せいぜい半年以内)の最深部に迫る! 書評コーナー。隔週で月2回更新を目指す!

第5回は法条遥『リアクト』。

リアクト (ハヤカワ文庫JA)

リアクト (ハヤカワ文庫JA)

時をかける少女』へのオマージュであり、かつ衝撃的なまでに後味の悪いタイムトラベルSF『リライト』、そして続編『リヴィジョン』に続く、三作目。物語は時と人が交錯し、複雑怪奇なタペストリーを編み上げる。

まずは簡単な復習から。


リライト (ハヤカワ文庫JA)

リライト (ハヤカワ文庫JA)

『リライト』は一見すると、『時をかける少女』のような爽やかな青春タイムトラベルSFのように見える。300年先の未来からやってきた転校生・園田保彦。彼は、偶然に見つけた未完の小説を読むために過去へとやってきた。彼が過去へやってきたこと自体が、自分が読む小説の元になっていることに気がつく。保彦は、因果の輪に囚われ未来へと戻ることができなくなる。パラドックスを解消するために彼は途方もない作戦を思いつく。だが、この作戦は最後の最後、あるものの手によって完全に逆手にとられてしまうのだった。

第二作目『リヴィジョン』。

リビジョン (ハヤカワ文庫JA)

リビジョン (ハヤカワ文庫JA)

『リヴィジョン』は保彦の誕生をめぐる話だ。未来を見ることができる手鏡を代々受け継ぐ千秋家の娘・霞。彼女と邦彦の間に生まれた子供=保彦が、生まれた直後に、謎の高熱で死んでしまう。愛息子を助けるために、彼女は手鏡の力を使って過去を変えようとする。しかし、保彦にのしかかる運命の力は、抗いがたいほどに強力だ。母の愛vs時の圧力、その果てに見える保彦の運命。

そして本作『リアクト』。

全二作を踏まえて読む必要がある。そしてこの『リアクト』で完結するわけではない。最新号の『SFマガジン』によれば第四作が準備中で、それで物語は幕を閉じるようだ。だから『リアクト』にも解決されない謎は謎として提示されている。時代をまたがり、複数の登場人物が時に名前を変えて登場する本書を読む者は、メモをとるなり何なりしてストーリーを整理しながら読む必要がある。…という点だけみると「面倒くさい作品」の部類に入るかもしれない。だが、それでもなお読む価値はある。なぜかといえば、本作は画期的なタイムパラドックス解消をもくろむ、野心的な小説だからだ。

第一作『リライト』は、「本についての本」だった。園田保彦は『時を翔ける少女』を求めて時間のパラドックスに閉じ込められる。それを踏まえ第三作『リアクト』は、「本についての本についての本」になっている。『リアクト』(そして『リヴィジョン』)の物語世界では、『時を翔ける少女』(高峰文子著)という小説と、その小説を巡る小説『リライト』(岡部蛍)が存在しているのだ。

『リビジョン』『リアクト』の世界には『リライト』の世界が前提になり、そして物語内物語として位置づけられている。『リライト』にあるパラドックスや問題点が『リアクト』内では指摘されている。『リアクト』は、西暦3000年からやってきたタイムパトロールのホタルを中心に、誰がどうやって『時を翔ける少女』と『リライト』を書いたのかが焦点となる。

かつてこのような形式でタイムトラベルにまつわるパラドックスを解消しようと試みた作品があるだろうか? タイムトラベルは理論上あり得ない。それでも描くとすればパラドックスはつき物だ。タイムトラベルのパラドックスは、パラレルワールドと通じるものがある。時間軸を移動することで世界が変わり、変わった世界は、重ねあわせとして表現されるか、それとも並行して表現されるかの違いはあれど、パラレルワールドだといえる。このパラレルワールドは、私たちの世界と、私たちが読む物語内世界との関係に、極めて近い。事実、文学理論の中には、哲学で蓄積された可能世界理論を援用して文学作品を読み解くものもある。

タイムトラベルSFというパラドックスが必然化する物語を、どう語るのか? いや、そもそも語りえるのか? SFというジャンルで作家そして読者を悩ませてきた難問だ。これに対し法条遥は、パラドックス自体を物語内物語へと変換してしまえばいいのだと答える。『リアクト』の開き直りは鮮やかだ。提示された謎への解決が、次回作で期待される。(海老原豊

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