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西尾維新『悲鳴伝』レビュー【評者:飯田一史】


西尾維新悲鳴伝』書評
「歴史には残らない」


評者:飯田一史


!ネタバレありで書評するので未読の方はご注意を!


 歴史に残る本ではない。

 西尾維新は「戯言シリーズ物語シリーズ西尾維新」であって「『悲鳴伝』の西尾維新」になるような作品ではない。『ニンギョウがニンギョウ』や『少女不十分』と同じような「実験作」だ。適度なひねくれ具合と饒舌な文体、フツーの展開を避ける西尾維新作品を好むファン以外は読まなくていい。

 レビューをはじめるまえに、西尾維新に対する想いについて書いておきたい。それを前提にしなければ、以下で辛い点をつける理由が、自分以外の人間にはわからないかもしれないからだ。

 西尾さんは私と同世代で、戯言シリーズはほぼリアルタイムで読んでいたから、熱狂したし、戯言を終わらせた(しかも、ああいうかたちで)ときはびっくりもしたし、「すげえな」とも思った。だから戯言の外伝的な「人間シリーズ」が続いたときは「えっ」と思った。潔く終わらせたからしびれたのに、なんだ、こんなかたちで続けちゃうんだ……と思って、西尾熱は一気に醒めた。『化物語』はふつうにおもしろかったし、好きな作品ではあるけれど、『難民探偵』や『少女不十分』はピンとはこなかった。いまの西尾維新への印象は、「ああ、たぶん、菊地秀行栗本薫もこうだったんだろうな」というものだ。エンタメ小説界のゲームのルールを変えてしまうような新しい才能として登場し、そして、徐々にふつうの意味での「人気作家」に評価は落ち着き、根強い固定ファンに支えられて一生食いっぱぐれることはないのだろうけれど、そうそう二度も三度も小説界に革命を起こしたりは、しないのだ。私は、ただの人気作家の西尾維新には、存在としては興味がない。バッシングと絶賛を受けながら確実にあたらしい道を自分でつくっていた(ように見えた)10年前の西尾維新には、勝手に実存を仮託していたけれど。

 だから「むかし好きだったなあ」とめめしい気持ちを抱きながら、引いた態度で新刊を読む。見る目は、シビアなんだろうと思う。失われた思い入れが高いハードルとなって、評価をゆがませているかもしれない。



 前口上はこれくらいにして、『悲鳴伝』のレビューを。
 あらすじはこうだ。

 地球があげた「悲鳴」によって人類の三分の一が死んだあとの世界で、他人の感情がわからず、すべてがどうでもいいと思っている少年が、剣道少女にだまされて地球と戦うヒーロー集団「地球撲滅軍」のメンバーになり、人間に擬態した「地球陣」と呼ばれる怪人と戦うことになる。が、組織内の感情のもつれなどからメンバー間での戦闘が起こり、次々と撲滅軍の人間たちは死にゆき、最後には主人公をその道に導いた剣道少女も死んで主人公はひとりぼっちになる。ヒーローアクションのパロディと見せかけたひねくれバトルロワイヤル(サバイバル)ものである。


 ヒーローものや異能バトルだと思って読むと、肩すかしを食らう。

 まず、キャラクターを見てみよう。バトルものに必要なのは主人公たちのwill(目的、志)、skill(能力)、network(関係性)であり、いずれかが欠如している状態から徐々にそろっていくのがいいわけだが(くわしくは拙著『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』での『鋼殻のレギオス』分析をごらんください)、本作の主人公はどれも求めていない。そして最初から最後までwillがないまま、変化しない。著者があとがきで「空っぽの少年」と書いているとおり、「戯言」のいーちゃんとも「物語」のアリャリャギくんとも違ったタイプの主人公であり、そして、ほとんど変化/成長しないキャラクターである。他人に感情移入できないという状態が最初から最後まで一貫しているがゆえに、読み手も感情移入することができない。

 次にプロット。展開に意外性はあるが必然性がない。組織内の内ゲバになっちゃって当初の目的があさってに行ったまま終わられても、ぽかーんとしてしまう。幼児姿の「地球」登場にはびっくりしたけど、投げっぱなし。あのフリ要るのか? そして、展開が遅い。二段組みでだいたい500pある本だが、主人公が「ヒーローになって戦ってくれ」と請われるのが76p、最初の敵(怪人)を倒すのが200p(無抵抗の女性を一方的に踏んづけて殺すという最悪に気分が悪いやりかたで、「バトル」ではない)、まともにバトルになるのは290pくらいからで、相手は同じ地球撲滅軍のメンバーである。

 開始から100pくらいまでで主人公に戦う目的が外側から与えられ(自分の中に持っている場合もあるが)、発現した能力を使ってザコを倒すのがふつうのバトルものに慣れきった私の身体には「おせえええええええええ」というフラストレーションが大発生。

 バトルやヒーローものの「お約束」を外してもかまわない。しかし、それによってお約束を使う以上の何らかの効果が得られなければ、ただの自己満でしかない。今作にかんして言えば、試みはすべっている。どういうひとに読んでほしいのか、読み手に何を与えんと意図した作品なのか、私にはわからない。「100%趣味で書かれた小説」のはずの『化物語』のほうが、ずっとサービス精神に溢れた作品である。ネットでレビューをいくつか見たけれど「物語」シリーズが好きなひとには向いてないけど「戯言」が好きだったひとはいけるはず、とか書いてあって、戯言が好きだった自分はもう過去のものなんだな、と私は思ったよ。精神安定剤を飲みながら戦うヒロインなんて、いまの西尾維新には求めてないんだ、私がいま読みたいのは「戯言」っぽい西尾維新じゃなくて「物語」の西尾維新なんだ、ってあらためてわかったよ。

 いずれにしろ、戯言にも物語にも届いていない作品であることに、残念ながら変わりはない。


 人類を救うヒーローだったはずの主人公たちの戦いが、その名が、迷走ゆえにおそらくは歴史に残らないように、この本もまた。



悲鳴伝 (講談社ノベルス)

悲鳴伝 (講談社ノベルス)

飯田一史(いいだいちし)
1982年生まれ。ライター、文芸評論家。著書に『ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略』。「SFマガジン」で新譜レビュー担当(隔月)。
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