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伊藤計劃を読むためのn冊 その8 ニール・ブロムカンプ監督『エリジウム』

トークイベント「なぜ大学生はSFに惹かれるのか? 〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜」支援企画として、「伊藤計劃を読むためのn冊」(『Genkai vol.3』収録)再掲していきます。

★ニール・ブロムカンプ監督『エリジウム

「n冊」という企画だが、ここでは一本の最近日本公開されたハリウッド映画を紹介したい。


南アフリカ共和国生まれのカナダの若手映画監督、ニール・ブロムカンプの手掛けたSF映画『エリジウム』(1913年)である。ブロムカンプは1979年生まれ。5歳年上の伊藤計劃とはほぼ同世代だ。


伊藤とブロムカンプのSF作品群には、国籍の違いを越えて、少なからず共通点があるように見受けられる。


例えば、ブロムカンプの出世作となった2009年の長編デビュー作『第9地区』。この映画は、監督自身の故郷である南アフリカを舞台に、かつてそこに敷かれていた非白人に対する人種隔離政策――いわゆる「アパルトヘイト政策」を隠喩的にモティーフにしたシニカルなSF映画として話題を集めた。本作は1982年のヨハネスブルグに巨大な宇宙船が飛来するところから幕を開ける。観客は通常の異星人侵略SFものを想像して身構えるのだが、映画はすぐに肩透かしを食らわせる。地球人の調査隊が宇宙船に侵入したところ、船内では支配層の死亡と宇宙船の故障により、大量の異星人が「難民化」していた。難民化したエイリアンたちは、地上で「MNU」と呼ばれる管理組織のもとに「第9地区」という隔離地域に押し込められ、以後、地球人との間で反発や差別を受けていく。


現実の社会問題や政治問題を如実に反映させた、民族間衝突や、例外状況下で難民化=ゾンビ化する生といったモティーフは、明らかに『虐殺器官』(2007年)の伊藤SFの世界観と呼応していると見ることができる。しかも『第9地区』において演出の趣向として注目されたのは、いわゆる「擬似ドキュメンタリー」の手法だった。これは、手ブレの粗い映像など、「ドキュメンタリーっぽい」技巧を凝らした映像表現のことで、監視社会化やケータイカメラなど撮影機器のモバイル化が急速に進行した90年代末から2000年代にかけて世界中で流行した。一人称叙述や入れ子構造を巧みに駆使した伊藤作品とこの点においても共通点を見出せるが、これら双方の形式的な試みは、物語の流動化した不安定な世界や人物のリアリティを表現するうえで、非常に効果的であっただろう。


さて、そんなブロムカンプの新作『エリジウム』も、伊藤の小説と響き合う要素を多く備えているように思われる。この作品は、22世紀半ばの荒廃した地球と、その上空の宇宙空間に浮かぶ「エリジウム」というスペースコロニーを舞台にしている。大気汚染や人口爆発によって荒廃した地球では、貧しい労働者階級の人々が暮らし、一方、スペースコロニーエリジウムでは、ごく少数の富裕層が高度な医療技術によって永遠の命を与えられ、地球にはない水と緑に囲まれた理想郷で暮らしている。彼らは、地球からの密航を企てる不法移民を取り締まり、また、ロボット傭兵を使って地球人を支配している。物語は、職場で放射能を浴びてしまい、瀕死の状態にある、マット・デイモン演じる労働者の主人公がエリジウムに侵入して、世界の不平等に立ち向かう姿を描く。


本作でも前作から続いて、例外状況下のゾンビ的生や社会的不平等へのアンチテーゼが描かれている。その一方で、新作では『第9地区』の擬似ドキュメンタリー的表現は影を潜め、代わってどこか「B級的」な物語叙述や映像表現の効率性・簡潔性が重視されている。例えば、地球のスラム街のシーンでは激しく揺れ動く手ブレ表現、反対に、エリジウムの優雅なシーンではベートーヴェンなどのクラシックの流れる流麗な安定したカメラワークが対照的に用いられ、叙述の「わかりやすさ」が全面に出ていた。


とはいえ、本作でも「伊藤計劃テイスト」はそこここに感じられる。いうまでもなく、高度な科学技術によってひとびとの身体=生が保険数理的に管理され、永遠の命が約束されている「エリジウム」の設定は、伊藤の遺作『ハーモニー』(2009年)の舞台である統治機構「生府」(ヴァイガメント)そっくりである。どうやら伊藤計劃が21世紀の日本SFに放った、フーコー的生政治のゆくえと流動化するゾンビ的生=マルチチュードの可能性という世界観は、海を越えたブロムカンプのような才気あふれる映画作家においても共有されている問題意識のようだ。


もちろん、伊藤計劃は「日本」の「SF作家」であり、『ポストヒューマニティーズ』でも論じられたように、「日本的」な「ポストヒューマン」のイメージを打ち出したクリエイターであることは間違いない。しかし、彼の想像力は一方で、同時代の他ジャンル、他国のクリエイターとも響き合う要素を持っていたこともまた、注目されてよいかもしれない。


それが、伊藤計劃のスピリットを未来へ受け継ぐということだろう。(渡邉大輔)



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なぜ大学生はSFに惹かれるのか?
〜限界研×山田正紀×大学読書人大賞元推薦者〜

会場:阿佐ヶ谷ロフトA
日程:2月9日
時間:OPEN 12:00 / START 13:00
チケット:前売¥1,500 / 当日¥1,800(共に飲食代別)

※前売券はe+とロフトAウェブ予約にて1/11(土)12:00より発売!!

阿佐ヶ谷ロフトA公式サイト


【登壇者】
司会
●飯田一史(限界研・文芸評論家)
出演者
山田正紀(SF作家クラブ・SF作家)
藤田直哉(限界研・SF作家クラブ・SF評論家)
●佐貫裕剛(2012年大学読書人大賞伊藤計劃『ハーモニー』
推薦者)
●大塚雄介(2013年大学読書人大賞伊藤計劃×円城塔屍者の帝国』推薦者)

今、SFが活況を呈している。

今回の企画主催の限界研が2013年7月に出版したSF評論集『ポストヒューマニティーズ』も、SFの活況を前提に書かれている。 そしてその盛り上がりの一つの例として、「大学生の本好き」を象徴する大学読書人大賞でもSF作品が受賞していることがあげられるだろう。これを見ると、SFが盛り上がっているというのは、若い世代にも訴求していると言える。それはなぜだろうか?

限界研の飯田一史を司会進行に、ゲストに先行世代のSF作家・山田正紀、SF評論家の藤田直哉、そして実際に若い世代である過去の大学読書人大賞でSF作品を推薦していた現役学生を招き、SFの盛り上がりを分析する!!!

主催:限界研
協力:SF作家クラブ、大学読書人大賞

(以上、公式ウェブサイトより)