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山形石雄『六花の勇者2』レビュー【評者:蔓葉信博】

山形石雄六花の勇者2』


評者:蔓葉信博


 『六花の勇者 2』の話をする前に、まず前の巻である『六花の勇者』のあらすじを紹介しておこう。ミステリ的趣向には配慮しているので、ご安心されたい。

 剣と魔法が力を持つ世界、人々は魔神と、凶魔と呼ばれる魔神の配下たちとの戦いを続けていた。その戦いに臨むため、各地の強者のなかから、六人の勇者が神によって選ばれる。その六人の勇者は、勇者の証として花を模した紋章が身体のどこかに浮き出ることから、「六花の勇者」と呼ばれるようになった。「六花の勇者」の活躍により、すでに二度、よみがえってきた魔神を封印することに成功してきた。

 しかし時が経ち、再び魔神がその封印された地でよみがえった。その魔神の復活に呼応して選ばれた「六花の勇者」たちは、約束の地へと集まりはじめる。だが、約束の地に凶魔たちを寄せ付けぬよう用意されていた結界が悪用され、勇者たちはその場に閉じこめられてしまう。そのうえ集まった勇者は六人ではなく、なんと七人だったのだ。

 結界の発動は、その七人目のしわざなのか。疑心暗鬼に陥った勇者たちは、互いに刃を向け合うことになる。しかし、希望を失わなかった勇者たちの機転により、結界を利用した策略を見破ることができた。つかの間の勝利を喜ぶ勇者たちであったが、そんな彼らは新たな問題に直面するのであった。

 以上が、1巻のあらすじである。このように異世界ファンタジーでありながら、ミステリ的趣向を盛り込んだ異色の作品となっている。そのため、ミステリ的趣向を楽しみたい読者は、出版社の公式サイトおよび、文庫本のあらすじには七人目が誰なのかを明記してしまっているので、注意されたし。ただ、この物語の場合、仕方がないことではある。
 さて、続いて刊行された2巻について、ミステリ的趣向を中心に紹介していこう。2巻は、勇者のひとりが別の勇者を殺害した場面からはじまる。その勇者は、なぜ仲間であるはずの勇者を殺さねばならなかったのか。実は魔神の下僕のひとり、テグネウに娘の命を人質に脅されていたからだ。娘の心臓には、凶魔によって生み出された寄生虫が植え付けられていた。寄生虫はテグネウが死を命じないかぎり、死ぬことはないという。娘の命を救いたければ、仲間となる六花の勇者の誰かを殺すこと。だが、その勇者は唯々諾々とその脅迫に従ったわけではなかった。交渉の場にて、いくつかの条件を交わしたのだ。その条件に、本作の異世界ファンタジーとしての設定がかかわってくる。

 この世界には、聖者と呼ばれる特殊な女性が存在する。彼女たちは、万物の摂理を司る神のちからを借りて、人間では不可能なことを成し遂げることができるのだ。あるものは太陽の神のちからを借りて城を焼き尽くし、あるものは刃の神のちからを借りて虚空に幾重もの刃を生み出すことができた。

 その交渉の場には、そうした聖者のひとりである「言葉」の聖者も同席していた。彼女のちからは、偽りの言葉を見抜くこと、そして誓いの言葉をたてさせることだった。誓いの言葉には、その誓いを反故にしたときに下される罰をあらかじめ付け加えることになっている。たとえば誓いを破った場合、「言葉」の神のちからによって命を失わせることも可能なのだ。

 いくつかの細かい条件をその交渉の場で確認したのち、六花の勇者の誰かを殺すことで娘の命を助けることをテグネウに誓わせた。その条件の最も大切なものが、テグネウが死んだとき、寄生虫も死ぬようにすることであった。だから、テグネウを殺せば、仲間である勇者を殺す必要はなくなるはずだったのだ。だが、テグネウもそうした計算は織り込み済みであった。

 約束の地を越えて、魔神が目覚めた地へとテグネウと一戦を交えることになった勇者たち。勇者のひとりは、凶魔を死に至らしめる秘密兵器を持っていた。だが、それがテグネウには効かなかったのだ。どうやら、テグネウには普通の凶魔にはない秘密があるようだ。はたしてその秘密とはいったい何なのか。そして勇者たちはテグネウの策略から逃れることができるのであろうか。

 1巻では「七人目の勇者が誰なのか」というわかりやすい謎かけであったのに対し、2巻はテグネウの秘密を推理するやや変則的なものとなっている。さらに「言葉」の聖者の誓いが、読者の推理をはばむようにしくまれているのだ。だが、それはおそらくは作者の狙いであろう。1巻は一種のクローズド・サークルものとして読むことも可能だった。ただし、七人目の勇者が誰なのかを、推理で厳密に特定することはかなり難しいものであった。評者が考えるミステリとして評価すべきところは、結界を使って勇者を騙そうとした策略の仕掛けだ。こちらは読者にも解き明かせるよう作中に手がかりが配置されている。つまり、ハウダニットもののSFミステリとして読むことができるのだ。実際、評者は同じような趣向を竹本健治の某SF長篇に感じたものだ。

 2巻もまた、ハウダニット的な観点から、テグネウの秘密について推理ができるよう用意周到に伏線が張られている。こちらも、読者の何割かが大枠の正解に至ることができるであろう。だがその一方で、1巻同様、2巻にも読者を驚かす展開が待ち受けている。これまで主にミステリ的な観点による論評を書き連ねてきたが、本書の場合そうした趣向は一部のものと考えていただきたい。あくまえもミステリ的趣向を活かしつつ、さまざまな技能を有した勇者たちの駆け引きこそが本書の奏でたい主旋律だと思えるからだ。1巻でも、疑念の対象となった勇者が捨て身の説得をする場面で、ある特殊な技能ゆえに真実を見抜く方法が描かれていた。2巻でも、世界の命運よりも子供の命を優先させたい勇者の苦しみが色濃く描かれるが、最後に読者は鍛え抜いたちからが未来を切り開くさまを知ることになるだろう。

 このような戦いにおける駆け引きを考えるに、山形石雄という書き手が発想の転換に優れていることは間違いことといえよう。たとえば1巻で七人目の勇者が明らかにする動機はなかなか余人に描けるものではない。作品全体を見渡せば、まだまだ多くの駆け引きが見つけられるはずだ。あるいはこのように言うべきかもしれない。作品自体がひとつの大きな駆け引きなのだと。世界の命運を賭けた魔神と勇者の戦いをめぐる、作者と読者の駆け引きなのだ。その駆け引きは、まだはじまったばかりだ。次回はどのような謀略で読者を翻弄するのか、期待をして待ちたい。


六花の勇者 (六花の勇者シリーズ) (スーパーダッシュ文庫)

六花の勇者 (六花の勇者シリーズ) (スーパーダッシュ文庫)

六花の勇者 2 (六花の勇者シリーズ) (スーパーダッシュ文庫)

六花の勇者 2 (六花の勇者シリーズ) (スーパーダッシュ文庫)


蔓葉信博(つるばのぶひろ)
1975年生まれ。ミステリ評論家。2003年商業誌デビュー。『ジャーロ』『ユリイカ』などに評論を寄稿。『ミステリマガジン』のライトノベル評担当(隔月)。書評サイト「BookJapan」にてビジネス書のレビュー連載。
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