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Jコレ読破6 八杉将司のSF小説『Delivery』 

これまでのあらすじ★
日本のゼロ年代SFを牽引してきた早川書房のJコレクション。その読破への道を歩み始めた一人の男がいた。彼の道のりは、険しく長い……


Delivery (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

Delivery (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

現代の戦争は、二重の意味でますます非人間的になっている。


残酷な兵器が開発される一方、人間がかかわらない戦い方が模索されている。無人爆撃機を遠隔操作し、兵士の心理状態までを管理して、人が人を殺傷する現場であるはずの戦場から、奇妙な形で人間(特に先進国の正規兵)の体が消える。「戦争で死にたくない」という人々の「思い」を、現代の戦場はゆがんだ形で実現した。


ただしもちろん、それは戦争の終わりを意味しない。この瞬間にも世界で戦争は起きているし、これからも起こる。この非人間的な戦争のたどり着く先はどこなのだろうか。


「配達」と「出産」という二つの意味をもつ言葉をタイトルにした八杉将司のSF小説『Delivery』は、現在の戦争のその先を描く。八杉は、1972年生まれ、2003年に日本SF新人賞を受賞してデビューした。『虐殺器官』で新しい戦争観を提示して、近年のSF作家としては、かなり大きな話題となった故・伊藤計劃と同世代である。本作は10年代を代表する日本SFの一つとなるであろう力作だ。


舞台は、全地球規模の大災害後の世界。主人公は、サルの遺伝子から人間に近い存在として作られた『人間』=ノンオリジンのアーウッドである。彼は、月面に端を発した戦争へと巻き込まれる。アーウッドの相手は、人工知能を載せた強力なロボット兵器だ。つまり、人間に類似した生き物と機械との戦争である。


戦闘で身体を損傷したアーウッドは、脳と脊髄のみが取り出されて、機械の身体を得る。アーウッドの脳から、戦闘に不必要な感情も取り除かれた。しかし興味深いことに、このように精神と肉体が切り離されたことが、この物語では、人間の終わりではなく、新しい人間の始まりとして示唆される。


そして、アーウッドは激しい戦闘のすえに、人類がこの宇宙からの排除の対象、「異物」になりつつあると理解する。人間は体内に異物が入った場合、外へ出す。これが免疫のシステムだ。実は出産も、母体にとっての「異物」=胎児を外へと出すことである。


本作品は、免疫システムとしての出産を宇宙という環境に当てはめる。人類が成長の果てに宇宙の「異物」とみなされたことは、新しい人類が宇宙から生み出されて、私たちの知っている宇宙の限界を超えたどこかに配達される可能性を意味する。つまりそこに、新しい人類という可能性が示されている。


ひるがえって現実はどうか。戦争ゲームを使ったリクルートで始まり、カウンセリングによる市民生活への復帰で終わる現代の(特に米国の)戦争は、兵士に日常の延長で非人間となることを強いる。これは、ヒトという生物にとって途方もない負荷だろう。


出産/配達による人類の進化が不可能な現実世界で、非人間化が志向される現代の戦争ほど出口がなく、種としてのヒトを脅かすものはない。『Delivery』という作品から裏返しに垣間見えるのは、そんな現実ではないだろうか。