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飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』 連日掲載クロスレビュー【評:海老原豊】


飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』

評者:海老原豊


 アマゾンで1位になったライトノベル(だけ)を読み、ヒットしたシリーズに共通の成功要因を抽出・分析する手際に舌を巻きつつも、何よりも目を見張ったのがライトノベル市場の向こう側に浮かび上がった(筆者が、並々ならぬ努力の果てに浮かび上がらせた)オタク第四世代、一〇代の男性・オタクたちの姿だ。一九八五〜一九九四年ぐらいに生まれ、ゼロ年代に思春期を過ごした彼らは、それより一世代上の『エヴァ』直撃・第三世代よりも、屈託なく素直にオタクであることを受け入れ、オタク・コンテンツを消費している。「消費する」というとシニカルで批判的な視線がどこかに入り込んできてしまうかもしれないので(もちろん、消費しているのは当然の事実だが)、率直に言い直せば、オタク・コンテンツを「楽しんでいる」。この言葉には衝撃を受けた。自分が、第三世代オタクの眼鏡で、一つ下の世代を見ていたことに気付かされたからだ。指摘されて改めて考えてみれば、確かに彼らは素直にオタクである。リア充という揶揄や「二次元は裏切らない」という覚悟を叫びつつも、なんだかんだ、楽しんでいるのだ。同世代のどのトライブよりも楽しいことに敏感なのは、彼らオタクたちではなかったか。

 そしてこの「楽しさ」を観測する場所として、市場は最もふさわしいものだ。全ての文化・芸術コンテンツが同様の手法で分析できるとは思わないが(筆者もそのような主張をしているわけではない)、ともかく第四世代が求める「楽しさ」は市場においてライトノベルという形で具現化し、作家の作家性は読者の楽しさへの欲求に即応することで結晶する。この「楽しさ@市場」を扱うことができるのは、現時点では本書だけだろう。なぜか。本書は設定した問いにきちんと答えながら論を進めていく。通読すればタイトルにある「しくみ」も見えてくるし、個々の部や章で投げられた問いにも回答がある。当たり前といえば当たり前なのだが、実はかなり画期的なことだ。文芸批評の世界では、「なんとなく感じろ!」、職人的な価値観、コンテンツではなくスタイルにこそ魂が宿るとでもいうべき考えが強い(強かった)。たぶんこの精神は、市場を分析することには向いていない。例えば、「読者は本当に欲しいものは分からない」などと宣言して(「欲しいものが欲しい」なんて言葉があるにも関らず)。でも、このような旧来的な考え方では捉えられない側面が、オタク・コンテンツにあることも確かだ。本書は、一〇年代以降の批評に、新しい可能性を与えてくれる。


海老原豊(えびはらゆたか)
1982年東京生まれ。第2回日本SF評論賞優秀作を「グレッグ・イーガンとスパイラルダンスを」で受賞(「S-Fマガジン」2007年6月号掲載)。「週刊読書人」「S-Fマガジン」に書評、「ユリイカ」に評論を寄稿。