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【日本SFサイシン部09】実に久しぶりであるシーナさんのガッツリSF――椎名誠『埠頭三角暗黒市場』(講談社)

最新の日本SF(出版されて、せいぜい半年以内)の最深部に迫る! 書評コーナー。

今回は2014年6月発売の椎名誠『埠頭三角暗黒市場』(講談社)。「小説現代」に2010年から2012年にかけて連載されたものがもとになっている。椎名誠は『アド・バード』で1990年に日本SF大賞を受賞している。が、最近はガッツリしたSFから遠ざかっていた印象がある。だから本作は筆者が久しぶりにガッツリしたSFに戻ってきた作品といってもよい。

埠頭三角暗闇市場

埠頭三角暗闇市場


どんな小説なのか?


近未来。中・韓連合によるゲリラ攻撃で、トーキョーの地盤は崩壊。さらにはトーキョーのみならずほかの大都市も似たような惨事にみまわれ、これら一連の攻撃は「大破壊(ハルマゲドン)」と呼ばれるようになった。シーサイド複合ビルが倒れかかったところに、巨大豪華客船がぶつかり、埠頭とあわせて奇妙な三角地帯が発生。こうしてビルと客船の下に闇市場「埠頭三角暗黒市場」が自然発生したのだ。大破壊はその後遺症として至るところに爪あとを残す。環境汚染ははなはだしく、漆黒の雨には毒素が含まれ、生身の体で受けることは自殺行為。また、人間を含む生物の変化も著しく、新種なのか変種なのかわけのわからない生き物たちがひしめく。そんな暗黒市場で闇医者稼業を営む北山医師のもとに、男と犬の魂の交換をもちかける依頼者が来るところから物語の幕は開く。


とはいえ、物語らしい物語はなかなか見えてこない。複数の登場人物の目から、大破壊後のトーキョーの様子が観察される。大破壊の後、複数の警察組織が設立。そのうちの一つである首都警察に勤める古島。警察署に寝転がる姿は人間だが頭の中身はアナコンダであるらしいアナコンダ男。復讐のため髪の毛を生きた蛇に移し変えて欲しいという女。西部警察という組織で自主的なパトロール活動に従事する戦隊ヒーローもどきの〈ビランジャー〉たち。背後で大きな陰謀めいた何かが動いているのだろうな、という胎動のようなものはなんとなく感じられるのだが、個々の登場人物たちが目の前の任務(すべきこと)をこなしながら、彼ら彼女らが生きる大破壊後の世界/生活が、切り取られていく。


この小説をどう考えたらよいのか?


帯には「本作は、東日本大震災の前に書かれたものです。」と但し書きがある。が、311以前/以後を意識して読む必要はない。というのも、椎名誠にはSF三部作『アド・バード』『武装島田倉庫』『水域』がすでにあり、大戦争や大災害のあとの人間共同体のありさまを描いてきた実績がある。311があったからと変に身構えると、椎名誠がSFというジャンルでて描こうとした世界を見誤る可能性がある。他の著作を読めばわかるが、椎名誠は世界せましと渡り歩いている作家で、人間の雑多でごちゃごちゃしたエネルギーをこよなく愛する人だ。大破壊後のトーキョーの姿は、ひょっとしたら今この瞬間、世界のどこかにある街の様子を写したものかもしれない(…もっとも、SF的意匠を剥ぎ取ったうえでの話だが)。人間のもつ生命力を信じること。大破壊前だろうと後だろうと、震災前だろうと後だろうと、普遍的に存在する人間が生きている限り生じるエネルギーを作品に注入することで、その信念は表現されている。大破壊後のトーキョーと、旅行記に登場するどこかの町の様子を重ねてしまう。それが椎名誠のSFの特色である。


『埠頭三角暗黒市場』のSF的特色は、人間/非人間の境界のゆらめきだ。椎名SFには、不思議な生き物が、独自の生態とユニークな名前(漢字をうまく使うことが多い)で頻出する。本作にも不思議な生き物はあふれているが、注目すべきは、「不思議な人間」も多く出ている点。北山医師が象徴するのは、人間とそれ以外のものの橋渡しである。しかし、ポストヒューマンといったような人間以上の特別な何かへ進化/進歩するといった直線的な描かれ方ではない。まっすぐではなく、漏れ出したエネルギーが、目的もなくただその力をもてあましてふらふらして、人間と非人間との境界線を揺さぶる。


断続的な連載を一冊の本にまとめたためか散漫な印象はある。プロットをただ追いかけるというよりも、人間がアメーバのように生命力を四方八方に伸ばし、他の生き物(非人間)とコンタクトする様を眺めるのが、『埠頭三角暗黒市場』のてっとり早い楽しみ方だ。(海老原豊

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