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飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』連日掲載クロスレビュー【評者:中里昌平】

飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』

評者:中里昌平


 飯田一史氏の初の単著である本書は、ゼロ年代後半から今日に至るまでの、もっと言えば『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズのメディアミックス的ブーム以降のすぐれたライトノベルの手引書あるいは教則本としてまずは書かれつつも、しかしそれにとどまらない文化論的射程を有した評論である。ここでいう「すぐれたライトノベル」とは、大手ネット通販サイト「Amazon.jp」における売り上げランキング一位となった作品を意味し、その「しくみ」をていねいに解き明かすことから本書は始まるのだが、したがって作者へのインタビューを中心に構成された紹介本や、著者の主義主張の妥当性や合理性を補強するためにしばしば恣意的にライトノベルを評論の対象としたような従来型の文芸評論のたぐいとは一線を画す。飯田氏は、売り上げ一位のライトノベル因数分解して読者にウケる≒売れる要素(「楽しい」「ネタになる」「刺さる」など)を導き出すことで、大塚英志のような評論対象への説話論的還元を施すことなしにライトノベル独自の構造を発見し、さらにはそれらと読者が綾なす市場ないし環境へも分析の手を伸ばしている。

 筆者が本書で最も重要だと思われるのは、「カスタマー・サティスフィクション」という飯田氏が提出した視点だ。カスタマー・サティスファクション、つまり顧客満足を第一義として試行錯誤するフィクションを飯田氏は本書でそう定義し、今日のライトノベルが、顧客のニーズに十全に応えうるために流動的な市場環境に最適化されたものであることを力強く肯定してみせる。そして、総じて日本文化の広範に見られる傾向としてのある種のオリエンタリズム的視座、つまり外部の評価に依存するのでなく、あくまでも内部の原理原則から徹底して考え抜いたうえではじめて評価する。

 しかし、それは笙野頼子に激烈に批判された単純な市場優位の思想やコミュニティ内部の自己肯定的言説とはまったくちがう。筆者が考えるに、ライトノベルというジャンルの構造やマーケットをも含む環境への鋭い分析とそのような視点の導入による本書の画期性もさることながら、読者だけが熱狂的に支持してきたゼロ年代後半から今日までの主要なライトノベルの分析を通して、どこまでも読者に寄り添おうとする飯田氏のその真摯な姿勢にこそ本書の真の価値がある。本書を読んだあとでは、ライトノベルをおいそれと消費財などと言えなくなることはまちがいない。

 ただ、惜しむらくは飯田氏も認めているように、過剰に流動的なライトノベル業界の宿命として、本書で抽出されたベストセラー・ライトノベルの定理があしたにでも様変わりしているかもしれないということだ。しかし、ここで提出された数々のマネジメント的視点はライトノベル作家志望にかぎらない全ての創作を志す者にとってもかなり有益なはずだ。いま、あらゆる文化と創作行為に携わる個々のクリエイターにもこのようなマネジメント的視点が求められ、みずから生存戦略していかなければならないことに、はたして僕と同年代のクリエイター志望がどれだけ気づけているのか、甚だ不安である。

中里昌平(なかざとしょうへい)
1990年生まれ。日本大学芸術学部映画学科入学、同文芸学科在学中。
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