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伊藤計劃以後としての野粼まど『know』――「知る」ことを巡る政治性の表現――【評者:旭秋隆】

このレビューは、11月4日の文学フリマで販売される『Genkai vol.3』の「伊藤計画を読むためのn冊」番外編である。本レビューで言及されているトークイベントの様子も『Genkai』に収録されている。


青山ブックセンターで行われたトークイベント『二十代評論家VS大森望 ぼくたちのかんがえた伊藤計劃以後』において伊藤計劃以後の作品の特徴として身体性の拡張というものが挙げられていました。作品例としては著・野粼まど『know』が挙げられています。

know (ハヤカワ文庫JA)

know (ハヤカワ文庫JA)


『know』は頭のなかに電子葉と呼ばれる人造のコンピューターがあり、そこから情報を汲み取ることにより、「知る」ということが曖昧になっている世界の物語です。電子葉による身体性の拡張という部分が伊藤計劃以後という流れの特徴と合致するそうです。しかし伊藤計劃以後の特徴としては、政治性を帯びている、という点も挙げられていました。そこで本論は『know』で表現されている「知る」ことの政治性を明らかにしていきます。


そこで重要になってくるのは同作の終盤にある「"情報が取得できない"というのも立派な情報の一つだもの」という言葉です。この言葉は『know』の政治性を捉えるために重要なものです。なぜならば、『know』の政治性というのも、情報が取得できない、知ることができないという形で表現されているためです。


読者は『know』で何を知ることが出来るのでしょうか。結論から言ってしまえば、読者が知ることができるのは「知る」ことを巡る物語の『know』の世界観です。


作中では《情報格規定法》というものを軸に世界観が展開されます。電子葉の普及と共に公共的に整備された新しい階級制度です。その制度は、個人の階級におうじて取得可能な情報量や個人情報の保護量が決まるというものです。作中では一部の人間が利権を目当てにそのような階級の構築がされたと読者に世界観の説明がされています。


その一方で、《情報企画規定法》をすんなりと受け入れる政治性をもった社会が浮かび上がります。なぜならば《情報企格定法》による階級制度が成立する過程が書かれていないためです。例えば、階級制度に対する世間の感情的な反応が作中では書かれていません。そのため、読者は知ることができません。このことは「知る」ことに対する世間の無関心さ、社会の政治性の低さを暗に指し示しているものとして捉えることができます。


次に『know』から少し離れて、現実社会の話をします。『海賊党の思想』という本によれば、ヨーロッパでは数年前から知る権利を巡る政治運動が盛んになっています。きっかけはACTA――模造品・海賊版拡散防止条約――という知的財産権の保護を目指した条約でした。ヨーロッパ各地ではACTA表現の自由や通信の秘密を損ねるものであるとして、反対運動の狼煙があがりました。このことは、知ることに対するヨーロッパ人の政治性の敏感さを表すものだと言えます。一方、ACTAの原案を作成した日本においては、ヨーロッパで反対運動が起こるほどの重要な案件にも関わらず、国会では一週間も審議されませんでした。参議院でも圧倒的多数で可決しました。日本のマスコミはほとんど無視をきめています。日本における知る権利への政治性の低さがわかる出来事と言えます。

海賊党の思想: フリーダウンロードと液体民主主義

海賊党の思想: フリーダウンロードと液体民主主義


さて、話を戻します。『know』では《情報格規定法》に対する世間の反応ということが全くと言っていいほど書かれていません。そのため読者は知ることができません。このことは逆説的に、読者に対してあることを示しています。それは、「知る」ことを巡る世間の無関心という社会の政治性です。作中で知ることができない階級制度が成立している世界観への過程は、現実の日本社会に現れている「知る」権利に対する政治性の反映と言えます。


今まで述べてきたように「知る」権利や意識というところでは、政治性を帯びている作品として特徴づけられます。それも、書かないこと、知ることができないということによって示しています。

『know』は成程、身体の拡張性という伊藤計劃以後の特徴を持った作品であります。同時に、書かないことで知る権利という点で、伊藤計劃以後の特徴である政治性をもった重要な作品として位置づけられます。


第十七回文学フリマ

開催日 2013年11月 4日(月祝)
開催時間 11:00〜17:00
会場 東京流通センター 第二展示場(E・Fホール)
限界研ブース「エ-70」
アクセス 東京モノレール流通センター駅」徒歩1分


新刊『Genkai vol.3』発売
目次

1.伊藤計劃を読むためのn冊

限界研メンバーによる「伊藤計劃以前/以後」を考えるための作品レビュー

2.トークイベント載録

twitter読書会「このSFがすごい!」
・ぼくたちのかんがえた伊藤計劃以後(青山ブックセンター
・未来を産出(デリヴァリ)するために(ジュンク堂

3.『ポストヒューマニティーズ』を終えて

『ポストヒューマニティーズ』執筆者ひとりひとりによる「あとがき」