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ハヤカワJコレクション読破への道 第1回 伊藤計劃『ハーモニー』

前口上
ゼロ年代の日本SFを牽引してきた早川書房のSF叢書シリーズ「ハヤカワJコレクション」。全作品読破&レビューを目指して、一人の男が立ち上がった…。


ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

Harmony

Harmony

虐殺器官』に続く長編書き下ろし。筆者が逝去したあとになるが、第30回日本SF大賞を受賞。さらにハイカソルから出版された英訳版Harmonyは2010年度フィリップ・K・ディック賞の審査員特別賞を受賞した。


〈大災禍(ザ・メイルストロム)〉と呼ばれる全地球規模の戦争で使用された核兵器は世界を放射能で汚染し、人類は絶滅の危機に瀕した。生命こそ資源だと気がついた人間は、科学技術を用いて病を駆逐し、健康な身体を保つことに取り組んだ。それはWatchMeという恒常的体内監視システムと、常に処方される医療分子に結実する。かくして人類は病を消滅させると同時に、私的な身体を公共財化した。統治機構たる政府は解体し、医療サービスを共有するものからなる生府(バイガメント)へと姿を変える。完璧な調和を達成したこの世界で、しかし、六五八二人が同日同時に自殺を図る。目の前で旧友が自殺した霧慧トァンは、集団自殺の背後に、自殺したクラスメイト・御玲ミァハの影を見る。国連機関の監察官であるトァンは、彼女の痕跡をたどり始める。


 遠い未来のことではない。ここに描かれるヴィジョンは現代的なものだ。拡張(オーグメンテッド)現実(リアリティ)技術がスマート・フォン経由で社会に実装され始めたという小さい話ではない。自分たちの所持品(身体も含む)が情報として記述され、社会に共有されていくという大きな流れが、私たちの社会と一致する。個人にとって大切な意識すらこの流れに抗えないのではないか、と本作は問う。答えは、筆者には届かないが、これからの私たちの社会が実際に示していくしかない。